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ロッテ・クラマーの詩 [詩作品]

詩人、英文学者、エッセイストである、木村淳子さんから送られてきた「ロッテ・クラマー詩選集」
(土曜美術出版販売)は忘れがたい訳詩集だった。まずロッテ・クラマーについて、木村さんの
あとがきから引用させていただく。

(ロッテ・クラマーは1923年にドイツのマインツで生まれた。代々この地に住む中産階
級のユダヤ人であった。1933年にヒットラーが政権をとると、ユダヤ人の生活がしだいに
圧迫されはじめ、1939年、ユダヤ人たちは児童救援船を仕立てて、約一万人の子どもた
ちをイングランドに送った。ロッテ(当時15歳だった)もその一人であり、それ以降、彼女は
両親に会うことはなかった。両親はポーランドに送られ、そこで命を絶たれたと考えられる。
彼女はその後イングランドに暮らし結婚し、詩を書くようになった。現在(2007年)までに
9冊の詩集がある。)

詩集にはナチの暴虐が落とした影、別れた肉親への屈折した思い、人間存在の根源に潜む
悲哀、同時にそれをいとおしむ気持ちがこめられているとも。

彼女の声は静かで、優しく、その表現はナイーブで繊細であり、親密さを感じずにいられない。
彼女は母国語であるドイツ語と、後から獲得した言語である英語との、バイリンガルである。
ドイツ語と英語、それは彼女によると「ひとつの方は…ほとんど詩のようなもの。もうひとつは
 まだ成就しない恋/触れてみたい温かい肩」…とバイリンガルという詩の中で書いている由。

以下は、木村淳子/ドロシー・デュフール共訳による詩集からの3篇です。


      テーブル・クロス

テーブル・クロス
白いリネンの目のあらい織物
いのちをなくしたもののように見える
糸はところどころ ゆるやかに裂ける
奈落に落ち込む夢から
覚めて
信じられずにいるときのような


この布もそのように擦り切れている
父方の祖母が 平和な時代に
織ったクロス
どんな辛抱づよい思いをこの織機で
彼女は織り込んだのか
ちいさな村のくらしぶり 大切な時間
彼女のかなしみを際立たせる


いま このもろい薄布にふれ 拡げ
そのうえに
私たちのワインとパンをのせる
布がゆっくりと命をなくしていくのを見ていると
かなしいのは それが裂けていくからではなくて
平和が壊れて 根無し草になる
その不安と恐れを感じるからなのだ


       
       赤十字の電報

赤十字の電報が
届いた
そこには恐怖 不安を秘めた
次のような文字があった
私は あえて知ろうとしなかったが
そこに隠されている残虐さを
今の私には理解できる
「引っ越さなければなりません
私たちの家はこの町から
なくなるのです
愛する子供よ さようなら」
どうして私にレクイエムなど
歌えるだろう
沈黙の暗い絶望のなかでー
あなたたちの受難 苦しみの釘と
ガスと墓とを美化して

       

         緑の喜び


初物の豌豆のさやをむく
緑の喜びー
先の部分を親指で静かに押す
すると莢は割れて
小さな緑の真珠が現れる
すばやく調理する 甘さと新鮮さ


毎年夏になると
私は それらがやさしくぽんと
口をあけてくれるのを楽しみにする
まだ若い莢から息が漏れ
鍋がたくさんの緑の約束で
満たされていくのを見る
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