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H氏賞詩集『パルナッソスへの旅』 [日々のキルト]

長篇詩誌「ヒポカンパス」同人の相沢正一郎さんが詩集「パルナッソスへの旅」でH氏賞を受賞された。とても嬉しい。以前からの詩友であり、また同人でもある彼の受賞を喜ぶのはもちろんだが、日常を想像力によって異化し深める手法、日常の枠を自在にこえて、(今、ここ)の時間とそれを超える時間、あるいは宇宙的な時間とを交錯させ、こだまさせ合い、時の孕む多層性を呼び込むこと。そこから得られる自由感。また本好きにとってはちょっとたまらない魅力もある、モチーフの扱い方など、私は以前からのファンでもあったので。
これは「失われた時を求めて」の現代詩版のように読み手を時の鎖から解き放つ力をもつ。
またこの詩集の表紙は同じ「ヒポカンパス」の同人である井上直さんの画であり、それも作品の雰囲気とよく調和していて魅力的だ。

それでは比較的短い詩を以下に引用させていただく。

             
         (ステゴサウルス、アパトサウルス、ティラノサウルス……)

         

         台所の水道の栓をきつく閉めても、蛇口から水がしたたり落
        ちる。 もう何度か、パッキンを取り替えたのだが。 ちょっと疲
        れているとき、蛇口の先の水滴が徐々にふくらんでは落ちてい
        く、といった繰り返しがいやに気になったりする。 点滴が、子
        守歌をうたうこともある。 なにか言葉をもつときもある。 なん
        となく水の囁きに耳をすましていると、父の声が聞こえてきた。
        ……ステゴサウルス、 アパトサウルス、 ティラノサウルス、
        トリケラトプス、 ディノニクス、 プラテノドン。  ーー恐竜って
        いってね、大きな大きな生きものなんだ。 もう地球上にはいな
        いんだけどね。 声のあと、ある情景がよみがえってくるーーだ
        だっぴろい倉庫みたいなところに、父とわたしが手をつないで
        立っている。ー−それが、いつのころの記憶なのかわからない。
        あたりには、誰もいない 。見上げると、大きな骨の林。
         磨かれた床をふむ、父とわたしのあしおとがひびく。 父はわ
        たしに、六五〇〇万年前の地球でいちばん背のたかい恐竜、ブ
        ラキオサウルスの話をした。 葉っぱを切りとって巣にはこびキ
        ノコを育てるアリの農民、ハキリアリの話をした。銀河のまん
        なかで星を食べてだんだん大きくなる、ブラックホールの話を
        した。
        博物館を出ると、 世界は洗ったばかりのコップみたいに悲し
        くて, 明るかった。   

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