そして 一匹も [詩作品]
そして 一匹も
★
クリスマスの日に
その島が発見されたとき
島はジネズミたちの天下だった
だがそれも
《クリスマス島》に
ヒトが住みつくまでのこと…
☆
いまごろ
クリスマスジネズミたちは
歯ぎしりしていることだろう
「クリスマスってやつは不吉だよ」と…
かっては
天国だったあの島を
もう一つの天国から見下ろして
クリスマスジネズミ:1643年のクリスマスの日に発見された
クリスマス島に、その後200年以上にわたって、はびこっていた
トガリネズミの仲間。1900年に人が移り住んで、8年後にはもう
一匹もいなくなったという。その理由はいまも不明。
プレイバック [詩作品]
プレイバック
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空の果てには
永遠に回転するテープがあって
この世のどんな物音も
いっさいがっさい録られているとか…
(蛾の羽音も… 星の爆発も?)
だったら 私は 生き残ろう
永遠よりも ちょっと後まで
そして宇宙のテープを巻き戻そう
ひとり 静かに!
グアダルーペの 島の空へ
ひときわ高く響いたという
カラカラたちの最後の声…
あのタカたちの 命のこだまに
せめて この耳で触れるため
グアダルーペカラカラ:グアダルーペ島に住んでいたタカ。小動物や虫を餌
としていたが、死んだヤギの肉も好んだ。そのためヤギ殺しの犯人にされ、
1900年までに銃や毒薬で一掃された。大声の騒がしい鳥だったという。
オーオーの空 [詩作品]
オーオーの空
★
ハワイオーオーたちが
この世に残したもの…
それはうつくしいケープ?
それとも魂のぬけがら?
森を 花を 蜜をなくし
その黄と黒の羽毛をなくし
一枚のケープに織られ
ヒトに着られ 商われ…
☆
つばさを失ったものたちが
どこかの星にたどりつこうと
今このときも
けんめいに はばたいている…
羽音のやまない
この私たちの空
ハワイオーオー:今世紀ハワイで絶滅した鳥。流行のケープ用に乱獲
され、羽毛は土産品となり、その棲む森も開発されて滅びた。
ケープの一枚が1万8千ポンドで売られたという。
クアッガの星 [詩作品]
クアッガの星
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100年先の ある夏の日にも
だれか憶い出すかしら?
クーアッ クーアッと いななきながら
地平線を 雲母のようにあゆんでる
クアッガの まぶしい群れのことじゃなく
二頭立ての馬車を曳いて
ハイドパークを駆け抜ける
お利口さんの クアッガたちのことじゃなく
100年前の ある夏の日に
檻の中から ひとりさびしく旅立った
しんがりの おばあさんクアッガのことでもなく
しましま頭巾の クアッガたちをのせ
銀河系を回っていた 草原の星
太古からきた たった一つの星のことを
クアッガ:前半分だけ縞模様のウマ属の動物。狩りたてられて、
19世紀に絶滅した。その名前はかん高いなきごえからきている。
ステラーカイギュウへ [詩作品]
ステラーカイギュウへ
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かつて北極海に遊んだ
草食の人魚たちよ
その消息が絶えて
二世紀は とっくにたったけど…
ゆうべ 夢の深い水底で
海草を食んでいた あの後姿は
たしか君たちじゃなかった?
(もし あれが正夢ならば!)
君たちは 海の底へと 銛を逃れ
ながーい ながーい 夕餉のときを
のんびり 楽しんでいるんだね
ごわごわのひげ
しわだらけの皮膚をそのままに
「もう人魚のふりなんてまっぴらさ」って
ステラーカイギュウ:1741年、博物学者ステラーによってベーリング海で
発見されたジュゴンの仲間。10メートルほどにもなるが、おとなしい海牛で、
食料となり、絶滅したという。1768年に最後の1頭が殺された記録がある。
青レイヨウ [詩作品]
青レイヨウ
青レイヨウが
まだ地上にいた頃のこと…
アフリカの子どもたちは
夢の曲がり角なんかで
よくかれらと出くわして
その青みがかったビロードの毛並みを
そっと撫でてみたにちがいない
でも今は
子どもたちもそんな夢は見ない
記憶のなかに ぼんやり干された
灰色の毛皮に
おとなたちが ときどき
風を当てているだけだ
青レイヨウ:青みがかった灰色の毛をもつウシ科の動物。死ぬとその毛並み
は灰色に変わった。美しい上、食用にもなり、17世紀末からのオランダ移民
の銃により、アフリカの哺乳類として最初に絶滅した。
悪い夢 [詩作品]
悪い夢
*
オオウミガラス50羽が
わたしを囲んでこういった
きいてくれ (きいてくれ)
ぼくらの 悲しいおはなしを
なぜぼくら (なぜぼくら)
北の島から さらわれて
なぜぼくら (なぜぼくら)
死んでも こうして立ってるの?
50羽の剥製たちの 眼のおくで
それぞれの海が逆巻いて
わたし…塩辛い夢のまんなかに
150年 立ったまま
オオウミガラス:水中は自由に泳ぐことができたが、飛べない鳥だった。
はじめはこの鳥のことをペンギンと呼んだ。
有史以前からの何世紀にも及ぶ殺りくの末、
辛うじて孤島に生き残った50羽も標本用に狩り尽くされて、
150年前に絶滅した。
二羽 [詩作品]
二羽
*
ホオダレムクドリの夫婦
今日も おそろいで 食事の支度
夫が自前のノミで コツ コツ コツ
たくみに 幹に穴をあける
妻が自前のピンセットで
すばやく 虫を引っぱり出す
さあ 楽しい食事の始まりだ…
鋭いクチバシと 器用なクチバシ
ふたりで1対の ナイフとフォーク
だから孤食なんてとても無理
毎日 仲良く食べようね
と、共白髪まで 暮らしたのに!
ああ、もし森が消えてなかったら
ふたりのつつましい食卓が
いつまでも そこにあったなら…
(ホオダレムクドリ:ニュージーランドの森にいた。
オスが短いクチバシで木に穴をあけ、メスが長い曲がったクチバシで
好物の地虫をつまみ出すチームワークで餌を取った。
森林が切り開かれ、1907年頃に姿を消した)
オーロックスの頁 [詩作品]
オーロックスの頁
*
この地上が 深い森に覆われ
その中を オーロックスの群れが
移動する丘のように 駆けていたころ
世界はやっと 神話の始まりだったのかしら
貴族たちが 巨大なその角のジョッキに
夜ごと 泡立つ酒を満たし
ハンターたちが 密猟を楽しんでいたころ
世界はまだ 神話のつづきだったのかしら
やがて 森は失せ
あの不敵な野牛たちは滅び去った
うつろな盃と 苦い酔いを遺して
破りとられた オーロックスの長いページよ
世界は それ以来 落丁のまま…だ
(オーロックスは長い角をもつ、大きな野牛。飼い牛の祖先。
ユニコーン伝説のもとになり、旧約聖書にも登場する。
角はジョッキとして珍重され、その肉は食べられた。
1627年に最後の1頭が死んだ。)