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そして 一匹も [詩作品]


そして 一匹も



クリスマスの日に
その島が発見されたとき
島はジネズミたちの天下だった

だがそれも
《クリスマス島》に
ヒトが住みつくまでのこと…



いまごろ
クリスマスジネズミたちは
歯ぎしりしていることだろう
「クリスマスってやつは不吉だよ」と…

かっては
天国だったあの島を
もう一つの天国から見下ろして




クリスマスジネズミ:1643年のクリスマスの日に発見された
クリスマス島に、その後200年以上にわたって、はびこっていた
トガリネズミの仲間。1900年に人が移り住んで、8年後にはもう
一匹もいなくなったという。その理由はいまも不明。

プレイバック [詩作品]


プレイバック



空の果てには
永遠に回転するテープがあって
この世のどんな物音も
いっさいがっさい録られているとか…

(蛾の羽音も… 星の爆発も?)
だったら 私は 生き残ろう
永遠よりも ちょっと後まで

そして宇宙のテープを巻き戻そう
ひとり 静かに!

グアダルーペの 島の空へ
ひときわ高く響いたという
カラカラたちの最後の声…
あのタカたちの 命のこだまに
せめて この耳で触れるため




グアダルーペカラカラ:グアダルーペ島に住んでいたタカ。小動物や虫を餌
としていたが、死んだヤギの肉も好んだ。そのためヤギ殺しの犯人にされ、
1900年までに銃や毒薬で一掃された。大声の騒がしい鳥だったという。

オーオーの空 [詩作品]


オーオーの空



ハワイオーオーたちが
この世に残したもの…
それはうつくしいケープ?
それとも魂のぬけがら?

森を 花を 蜜をなくし
その黄と黒の羽毛をなくし
一枚のケープに織られ
ヒトに着られ 商われ…



つばさを失ったものたちが
どこかの星にたどりつこうと
今このときも
けんめいに はばたいている…
羽音のやまない
この私たちの空




ハワイオーオー:今世紀ハワイで絶滅した鳥。流行のケープ用に乱獲
され、羽毛は土産品となり、その棲む森も開発されて滅びた。
ケープの一枚が1万8千ポンドで売られたという。

クアッガの星 [詩作品]


クアッガの星



100年先の ある夏の日にも
だれか憶い出すかしら?

クーアッ クーアッと いななきながら
地平線を 雲母のようにあゆんでる
クアッガの まぶしい群れのことじゃなく

二頭立ての馬車を曳いて
ハイドパークを駆け抜ける
お利口さんの クアッガたちのことじゃなく

100年前の ある夏の日に
檻の中から ひとりさびしく旅立った
しんがりの おばあさんクアッガのことでもなく

しましま頭巾の クアッガたちをのせ
銀河系を回っていた 草原の星
太古からきた たった一つの星のことを




クアッガ:前半分だけ縞模様のウマ属の動物。狩りたてられて、
19世紀に絶滅した。その名前はかん高いなきごえからきている。

ステラーカイギュウへ [詩作品]


ステラーカイギュウへ



かつて北極海に遊んだ
草食の人魚たちよ

その消息が絶えて
二世紀は とっくにたったけど…
ゆうべ 夢の深い水底で
海草を食んでいた あの後姿は
たしか君たちじゃなかった?

(もし あれが正夢ならば!)
君たちは 海の底へと 銛を逃れ
ながーい ながーい 夕餉のときを
のんびり 楽しんでいるんだね

ごわごわのひげ
しわだらけの皮膚をそのままに
「もう人魚のふりなんてまっぴらさ」って




ステラーカイギュウ:1741年、博物学者ステラーによってベーリング海で
発見されたジュゴンの仲間。10メートルほどにもなるが、おとなしい海牛で、
食料となり、絶滅したという。1768年に最後の1頭が殺された記録がある。

青レイヨウ [詩作品]


青レイヨウ

青レイヨウが
まだ地上にいた頃のこと…

アフリカの子どもたちは
夢の曲がり角なんかで
よくかれらと出くわして
その青みがかったビロードの毛並みを
そっと撫でてみたにちがいない

でも今は
子どもたちもそんな夢は見ない
記憶のなかに ぼんやり干された
灰色の毛皮に
おとなたちが ときどき
風を当てているだけだ



  青レイヨウ:青みがかった灰色の毛をもつウシ科の動物。死ぬとその毛並み
は灰色に変わった。美しい上、食用にもなり、17世紀末からのオランダ移民
の銃により、アフリカの哺乳類として最初に絶滅した。


悪い夢 [詩作品]


悪い夢

オオウミガラス50羽が
わたしを囲んでこういった

きいてくれ (きいてくれ)
ぼくらの 悲しいおはなしを

なぜぼくら (なぜぼくら)
北の島から さらわれて

なぜぼくら (なぜぼくら)
死んでも こうして立ってるの?

50羽の剥製たちの 眼のおくで
それぞれの海が逆巻いて

わたし…塩辛い夢のまんなかに
150年 立ったまま



オオウミガラス:水中は自由に泳ぐことができたが、飛べない鳥だった。
はじめはこの鳥のことをペンギンと呼んだ。
有史以前からの何世紀にも及ぶ殺りくの末、
辛うじて孤島に生き残った50羽も標本用に狩り尽くされて、
150年前に絶滅した。

二羽 [詩作品]


二羽

ホオダレムクドリの夫婦
今日も おそろいで 食事の支度

夫が自前のノミで コツ コツ コツ
たくみに 幹に穴をあける
妻が自前のピンセットで
すばやく 虫を引っぱり出す
さあ 楽しい食事の始まりだ…

鋭いクチバシと 器用なクチバシ
ふたりで1対の ナイフとフォーク
だから孤食なんてとても無理
毎日 仲良く食べようね
と、共白髪まで 暮らしたのに!

ああ、もし森が消えてなかったら
ふたりのつつましい食卓が
いつまでも そこにあったなら…



(ホオダレムクドリ:ニュージーランドの森にいた。
オスが短いクチバシで木に穴をあけ、メスが長い曲がったクチバシで
好物の地虫をつまみ出すチームワークで餌を取った。
森林が切り開かれ、1907年頃に姿を消した)

オーロックスの頁 [詩作品]


オーロックスの頁

この地上が 深い森に覆われ
その中を オーロックスの群れが
移動する丘のように 駆けていたころ
世界はやっと 神話の始まりだったのかしら

貴族たちが 巨大なその角のジョッキに
夜ごと 泡立つ酒を満たし
ハンターたちが 密猟を楽しんでいたころ
世界はまだ 神話のつづきだったのかしら

やがて 森は失せ
あの不敵な野牛たちは滅び去った
うつろな盃と 苦い酔いを遺して
破りとられた オーロックスの長いページよ
世界は それ以来 落丁のまま…だ



(オーロックスは長い角をもつ、大きな野牛。飼い牛の祖先。
ユニコーン伝説のもとになり、旧約聖書にも登場する。
  角はジョッキとして珍重され、その肉は食べられた。
1627年に最後の1頭が死んだ。)

 

バライロガモに [詩作品]


バライロガモに

ワニやトラたちの群れる
ガンジスのほとりに
バライロガモよ
君は ひっそり ひとりずまい
空一面の 夕焼けでも眺めてたのか

今は流行らない
孤独な詩人みたいに
けれど 湿原は拓かれ
君たちの魂は どこかへ去った
風のような鳴き声と
うつくしい球形をした卵と
そこに秘められた
遺伝子のながい夢といっしょに

…そうして
町の市場にならんだ君たちの肉は
どんな味がしたのだろう
バラ色の夢が
飛び去ったあとで



(バライロガモはインドの湿原に、四月の繁殖期以外常に一羽で
 棲んでいた、頭部がバラ色の静かな美しい鳥。湿原が開墾され、
 今世紀前半に絶滅した。)

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